お芝居が終わって言葉も使えなくなったので当然の帰結としてこれはもう子供を産んで育てるよりないのだと考えいかにして子供を作るか育てるために必要なものはなにか使える制度や施設にはどのようなものがあるかというようなことを調べていましたと書けばあなたは面白がってくださるのでしょうかそれとも。
お芝居が終わって言葉も使えなくなったので当然の帰結としてこれはもう子供を産んで育てるよりないのだと考えいかにして子供を作るか育てるために必要なものはなにか使える制度や施設にはどのようなものがあるかというようなことを調べていましたと書けばあなたは面白がってくださるのでしょうかそれとも。
すこしまとめて。
・9月頭の段階で音楽に合わせての動きを始めました
・メトロノームとは感覚が違います こちらのほうが動きを覚えやすいです
9月11日
維新派ワークショップ 第14回+舞台稽古第2回@米原文化産業会館
・フロアを使ってM4
・本隊の稽古に合流し、とりあえずやってみて、という感じ
・割としっかり出番があります
・エキストラですのに、素人ですのに、よいのでしょうか
・入り、はけのタイミングをしっかり取らなくては
9月13日
維新派ワークショップ 第15回+舞台稽古第3回@さいかち浜
・稽古開始前に自主練
・振り付け内に、手を挙げて頭上で振る、というような動きがあります
・道路から見える位置でこれを練習していたら、車から手を振り返されました
・なんだかごめんなさい
・セットも使ってM6
・立ち位置を何度か間違えました
・今はメモを使っているのですが、本番ではこれが使えません
・セットおよびほかの方との位置関係を把握しましょう
・本番では台本も見ず、メモも見ずに舞台に出たりはけたりするのだと思うと、とても不安です
友人宅に泊まりました。
9月14日
維新派ワークショップ 第16回+舞台稽古第4回@米原文化産業会館
・練習室にて白塗り講習
・まず下地を手で暖め、顔にむらなく塗ります
・この作業の丁寧さが成否を分けるとのこと
・スポンジに水を含ませ、白いのを塗ります
・はじめに手の甲ですこしなじませてから
・線を引くようにするとむらができやすいので、ステンシルの要領で叩くように
・いい感じ、と思ったところで止めるのが重要
・すこしのムラを気にして補正しようとすると、大概被害が拡大します
・このあたりの感覚は、ポスターカラーのべた塗りに近いです
・アイシャドウ 普段は役に沿った色を選びますが今回は自由な色で
・黄色系は似合うひとが多いのですが、照明で飛びがちとのこと
・私は赤を選択
・目のきわから2色でグラデーションを入れていく、ごく普通の入れ方
・ただし濃いめに
・アイライン リキッドアイライナーを使用
・これは相当濃く入れます
・まぶたを5ミリくらい塗ってしまう感じ
・下まぶたの線と上まぶたの線をくっつけてしまってよいそうです ほんとうに目を縁取る感じ
・私は若干目の位置が中央に寄り気味なので、目尻にポイントを置く意味で、1センチほど目尻を伸ばしました
・そこまでやっても遠目に見たら結構普通
・皆さん変身が楽しそうで、終了後自分の写真を撮っておられました
・私もこっそりと何枚か
・M1のおさらい
・「動きに切れがない」「個人ごとの練習量の差がかなり動きに現れている」と、厳しめの指摘
・もっと練習を!
・練習室をお借りして自主練
・若干の体調不良もあり、ここでばてました
・太股が筋肉痛で、走る動きがろくにできない状態
・体温も上がりきってしまって、Tシャツ一枚にも関わらず暑くてなりません
・練習不足のおはなしが出たあとだけに、気持ちが焦って仕方ありませんでした
・痛切に「動きたいなあ!」と叫びました
・元々身体を動かすのは苦手、嫌いでした ここまで動きたいと思ったのははじめてのことかもしれません
・M4の読み合わせ
・台詞の繰り返し部分(ガツガツ、など、同単語の繰り返し)ですこし走ってしまい、テンポとずれる傾向あり
暗くなるまで練習の日々なのに、時間が足りている気がしません。
ご無沙汰しております。
しばらく、なにも書けずにおりました。
言葉を使うことができませんでした。
文章を綴ることができませんでした。
その間、なにかとても苦しんでいたような気もしますし、とても楽しく過ごしていたような気もします。
記憶がないわけではないはずなのですが、すべてのことがおぼろげです。
この期間、自分が生きていたのか、死んでいたのか、今となってはそれもあまり定かではありません。
ずっと、書くことはあたりまえのことでした。
生きるために書いているのか、書くために生きているのか、わかりませんでしたし、そのどちらであっても特段の問題はありませんでした。
書くことは生きることと繋がっていて、どちらかだけが欠けるという状態を想像するのは難しいことでした。
とはいえ、これまでにも文章を書けなくなることはありました。
ごくまれに、特定の他者と一緒にいることで、文章を書けなくなることがありました。
それは私にとって幸せな状態でした。
ごくごくまれに、特定の他者と一緒にいることで、いくらでも文章を書き続けられたこともありました。
それは私にとってとても幸せな状態でした。
しかしその思い出は今回の本旨ではありません。
私が書いている文章は、すべてあなた宛の手紙です。
特定の誰かではない、これを読んでくださっている「あなた」。
これまで、誰かと一緒にいることで、そのひとに言葉を向けることで、文章が、あなたへの手紙が途切れてしまうことはありました。
だけれど、はっきりしています、ここしばらくの間、確かに私はずっとひとりでいたのです。
これまでなら、私がひとりでいるときというのは、あなたと一緒にいる状態と等しいものでした。
ごく自然にあなたの存在を意識し、話しかけるようになにかを書きました。
それなのに、今回はあなたが見えませんでした。
語るべき言葉を持ちませんでした。
私は、ほんとうに、ひとりでした。
いくつも、大きな鞄を買いました。
別段必要に駆られていたわけではありません。
買い物の動機を自分でもはっきりとご説明できません。
ただ、漠然と、しかし切実に、遠くに行きたいと思っていました。
遠くに、どこかに、ここではないところに行かねばならないのだと思っていました。
ここにいる理由がありませんでした。
どこにいる理由もありませんでした。
悲しくも、苦しくも、ありませんでした。
たくさん笑って過ごしていました。
そうやって何も書かずに、ただ日々を楽しむうちに時間が過ぎていく状態に違和感を感じていました。
こうなるのを望んでいたこともありました。
書かずに生きていけるなら、そのほうが健やかなありかたなのだと、そう思っていたこともありました。
そうして、そうなった日々はただ楽しくて、それだけでした。
私の世界は言葉で構築されていました。
それを失うのは、世界を失うのと同じことでした。
言葉を使えない私は、ここにいなくてもよいと思いました。
私が言葉を手放すのと同時に、世界も私を失いました。
私は、どこにもいなくなってしまいました。
その状態が唐突に終わりました。
週末に外出したときのことです、夜行バスで一晩かけて移動して、
いえ、そのときではなかったかもしれません。
お仕事で報告書を作っていて、画面に点滅するカーソルを
いえ、それは直接のきっかけではありませんでした。
薄桃色のキャリーバッグをみつけて、衝動買いのようにそれを購って、その内側に
ともかく、どこかで、ふつり、と、世界の裏返るような感覚があって
巧くご説明できません。
ただ、つい最近、そういう瞬間があって、気付くとまた言葉の塊が傍にありました。
これを書きました。
我ながらひどいものですが、書きました、書けるようになりました。
それがよいことなのかどうかわかりません。
価値のあることなのかどうかわかりません。
私はまだここにいます。
「つらいめに遭われたのですね、心が傷ついたでしょう」
「もとより気が触れておりましたので、傷付く心がありませんでした」
桃色は特に好きでも嫌いでもない色です。
好きでも嫌いでもないので、特に頓着なく職場で使うトラックボールを桃色のものにしていました。
鮮やかな濃桃色のジャケットを職場に着て行っていました。
黒も、緑も、茶色も青も同様に身につけてはいました。
職場に持って行ったものは偶々桃色のものが多くなっていた、それだけのことでした。
職場で花束をいただきました。
鮮やかな桃色、淡い薄紅、様々な桃色の花を集めて作られた、両手に余るほどの大きな花束。
これまでありがとう、おつかれさま、と。
あなたには桃色の印象があるから、と。
やさしい色合いの花たちは、ほのかに甘い香りがして。
特に桃色が好きなわけではありませんでした。
それでも、とても、とても嬉しく思いました。
泣いてしまいそうでしたので、軽く俯いて花束に顔を埋めて、すこし笑って。
柔らかな桃色の花たちを抱えて、次の場所へ移動します。