好ましくない状況が発生したときはその状況を引き起こしているものの構造を観察して、最も脆い箇所に触れることで概ねの問題は崩れます。
ひとが絡む問題ならば、最も大きく状況を動かす力をもったひとを動かすことで早い時点で容易に問題を解決できます。
十代になる随分前に学習して実践してきた、まったくあたりまえの事柄です。
なのにそれを実行し損ねてしまいました。
ひとつ抱えていた問題がありました。
些事だから、とりたてて問題にすることでもないからと好ましくない状況を放置し、1年以上の時間を経過させてしまいました。
一昨日関係部署に働きかけ、昨日解決させました。
1年前に然るべき対応を取っていれば、このように気持ちにひっかかりを感じたまま徒に時間を過ごすことも、ここまでことを大きくせずに穏便に状況を変えることもできた気がします。
甘くなっています。
何年か前ならばできていた判断が、対応が、できなくなっています。
それは悪いことばかりではないのかもしれないのですが。
それでも、常に状況に対する最適解を探す努力を怠るべきではありません。
どうあっても周囲の世界と関わらずに生きていくことはできないのですから、せめて心地よい接し方ができますように。