大事なものが欲しかったのです。
自分にはどうしようもなく欠けたところがあって、そういうものを抱えて生きていくのはそれなりに辛いことで。
それでも、好きなものがひとつあれば、なんとかなりました。
世界にきれいなものが、大事だと思えるものがひとつだけあれば、私はそれで大丈夫でした。
それだけで、十分幸せに生きていかれました。
だけれどそれは、他のいろいろなものから目を逸らすことです。
自分の欠損は他の何かで埋めるのではなく、自分自身で埋めていかねばなりません。
自分の中心に他所にあるものを据えるのをやめようと思いました。
ひとりでも大丈夫なようになろうと思いました。
正しい判断であったはずです。
そうして、好きなものをなくしてしまって。
食事の味が消え、ものが食べられなくなりました。
飲み物でなるたけ栄養を摂るようにしました。
ぼうっとしていると顔や腕を爪で抉ってしまうようになりました。
きれいに整えて伸ばしていた爪を短く切りました。
ここにあることが耐えがたくつらく感じられるようになりました。
眠って、目が覚めたらお薬を飲んでまた眠って眠って眠って、なるたけ考えることをせずに済むようにしました。
やりたいことがなくなりました。
なにをしても楽しいと思えなくなりました。
ありふれた病です。
そのうち治るのでしょう。
それまで死にたいくらいに苦しみながら、このままだらだらと死に損ね続けるのでしょう。
そうしながら自分の中に生きる糧となりうるものを見つけて、育てていくよりないのでしょう。
だけれどつい祈ってしまいそうになるのです。
助けてください、救いになるものをなにかください、夢中になれる何かを、どうか。
対象になる神様がいるわけではないのに。
果ては信仰とか、アルコールとか、そういうもので自分を紛らわしてしまいたくなります。
それではこれまでとなにも変わらないのに。
きちんと生きたいと思いました。
やりたいことを持って、それに向けて動いて、日々を有用に使ってみたいと思いました。
だけれど内省してみればやりたいことなんて何もなくて、ただここにあることさえ難しくて、自分をゆっくり殺していくことしかできなくなりました。
ここにあることに意味がありません。
ここにいることに価値がありません。
苦しいときにしか歌えない歌もあるはずなのに、悲鳴さえ巧く上げられません。
だから今はとりあえず笑って、せめて善良に無害にあろうと思います。