眠りとは一体どうして起るんだろう。
一体なんだろう。
考えたり、見たり、聞いたりしていた人間が急にそれらの能力を奪われてしまう。――生ける屍になってしまう。――何だか変な気がする。
何という変な病的(アブノルマル)なものなんだろう。
眼が醒めている時と、寝りに陥る時と、その間にどんな事が作用するのだろう。
今、自分にはそれが何だか変な不気味なものとしか思えない。
どうして俺がこれから一時間先、あるいは二時間さきに眠りにおちるということがありえるのだ。
しかしどうして今夜までこの眠りが俺には不思議でも何でもなかったのだろう。
梶井基次郎「卑怯者 断片」より抜粋 底本:『梶井基次郎全集 全一巻』ちくま文庫