きれいになりたいと思い立ったのです、というおはなしをひとにしたら、思い立つのが20年ほど遅くはないかと指摘されました。
音のしないタイプの掛け時計を購ってきて、これまでのものから掛け替えた瞬間、室内が未曾有の静寂に包まれました。
久しぶりにお会いする方とおはなしする機会があり、とても嬉しかったのですが、指先がつくしを調理した際のあくで茶色く染まってしまっているのがはずかしく、終始拳を握ったようなかたちのままでおはなししてしまい、いまさらあのときの私は挙動不審でなかったかと悔やまれています。 まったく、手袋とは、便利なものですね。
昨日、つくしがはえているのを見つけました。 摘んで帰ってはかまを取って、下茹でをして水にさらしました。 おひたしにしましょうか卵とじにしましょうか、パスタというのもよいですね。 春はとりわけ、自然が優しく感じられます。
スポーツクラブにて、エアロバイクをこぎながら「美味しいラーメンのお店100選」というような雑誌を読んでいるふくよかな男性をみました。
リサイクルショップに、「デスノート」と書かれたノートが売られているのをみました。 「動作未確認」の札がついていました。
「いつも、きれいな着回しをされてますよね」とほめていただいて、どぎまぎと赤面してしまいました。 なかなか、ひととおはなしするのに慣れません。 伊達にひきこもっていたわけではないのです。 ついでに言うと、この場合褒められたのは私ではなく衣類なのですから、私ではなく衣類の方が照れるべきだと思うのです。
おなかに腹筋の割れる兆候をみつけて、俄然やる気が出ました。 夜なのに。 とりあえず、この意欲も睡眠時間も犠牲にせぬよう、全力で眠ります。
概ねのことを忘れてしまう性質ですが、映画の場面で、かつて一度だけ食事をしたことがある料理屋さんが出てきたときに、そこが既知の場所で、かつ食事がおいしかったことを覚えていて、自分の記憶力を賞賛したくなったのも束の間、どういう経緯でそこに至り誰と食事をしたのかはさっぱり思い出せず、我ながらこの偏り方はひどいと思いました。
きれいになりたいなあと思いつつつい変な格好に落ち着いてしまいがちな状況を打破するには、化粧より仮装が好きな自分の好みを自覚しつつ制御することがだいじなのかなあと思いました。
楽しげなほうに流れる性質です。