かつて私はどこにも行けませんでした。
ひらひらと世界のあちこちに足を運ぶ方と出会いました。
「あなたはどこにでも行けるのですね」
「そんなことはありません」
「引きこもり気質で外に出るのが躊躇われる私からすれば、随分軽々と動いておられるように見えます」
「軽々と、ということはありません」
「ありませんか」
「外に出るときはいつも躊躇します、それを無理に動かしているのです」
「躊躇するのなら、どこにも行かなければいいのに」
「 」
どう返事をされたのか覚えていません。
覚えているのは、私がその方に憧れていたこと。
だけれど私とその方は全く違う性質で、私はその方にはなれないのだと思っていたこと。
私はあなたになりたかった。
あれから時間が過ぎて、私は旅の途上にいます。
引きこもりの性質が変わったわけではありません。
気付けばふらりと漂っていました、こうするより他ありませんでした。
いろいろなひとに会って、いろいろなものを見て。
文章でいくばくかのお金をもらって。
足を水に浸して、大きなひとと同じ舞台の上に立って。
そうしてときどき、空を見上げて。
外に出るのは今でも怖いです。
ひとと話すのは今でもおそろしいです。
だけれど、だけれど。
あの方もこんな気分で、知らない空の下に立っていたのでしょうか。