自分が周囲からどのように見られているのか把握していません。
とはいえ、多くの場合然程周囲に強烈な印象を与えてはいない、地味で凡庸な存在である自信があります。
とりわけ職場においては、無害を身上として振舞っているつもりです。
で。
職場にて、猫の話題になりました。
「うちの猫、そろそろ去勢手術をしなければいけない時期かなあって」
「男の子だったよね。……そういえば、うちのも何年か前に去勢手術をしたけれど、抜糸をしなかった覚えがあるわ」
「うちのもそう、何匹も飼っているけれど猫の去勢で抜糸をするって聞いたことない」
「切らずに処置するのかな?」
「え、でもだったらどうやって処置しているんだろう?薬?それとも針とかでどうにかするの?」
「あれってどういう手術なんですか?」
ぼうっと聞いていたら、唐突に問いかけられました。
24よりすこし少ない数の瞳が私を興味津々のまなざしで。
なぜその質問を私になさるのでしょうか。
私なら知っているだろう、という期待が見えるのですが、それはいったいどういう根拠からの期待なのでしょうか。
去勢手術に詳しそうに見えたのでしょうか。
「去勢手術に詳しそうな印象のひと」というのはどういう印象のひとなのでしょうか。
自分が周囲からどのように見られているのか、すこし心配になりました。
ちなみに雄猫の去勢手術は、多くが睾丸を切開して精巣を摘出する方法で行われます。
この方法の場合は縫合をしないのが一般的で、したがって抜糸の必要もありません。
ご期待に添えたのでしょうか。
これは応えてよいご期待だったのでしょうか。