私の妹は昔溺れたことがあります。
父に助けられてことなきを得ましたが、それ以降決して足の着かない場所で泳ごうとしません。
身体の能力がどうこうではなく、水に呑まれかけた記憶の恐ろしさのせいで泳げないのだそうです。
というお話をひとにしました。
「なので、一度溺れたことのあるひとは泳げなくなってしまうのではないかと思うのです」
「ほう」
「あなたは溺れたことがおありですか」
「溺れる、という言葉の定義によります」
「水中で身体の制御を失ったことはおありですか」
「あります」
「どうなりましたか」
伺うとそのひとは、あのときはああなってこうなってと記憶を辿る素振りを見せた後。
「そういうときに助かる方法を学習しました」
なるほど、溺れてもそこから自力で立ち直ることができれば、別段以降の人生で水を恐れることはなくなるのだなあと感心しました。
もちろん、だからといって溺れているひとを見かけたときに助けないのが最良の方法であるとは限りません。