明日、11月23日は「毎年、何かが起こる可能性が比較的高い日」です。
過去を振り返ると、この日にちょっと大きめの怪我をしたり、悪い報せを聞かされたりする確率が高いのです。
怖い思いをしたり、死にかけたり、路頭に迷うことを覚悟したり。
なので、11月23日は私にとって厄日なのだと思っていました。
だけれど考えてみたら、この日にした怪我で死に至ったものはひとつもなく(それはほんとうに奇跡的なことなのです)、この日に聞いた悪い報せがその後の生活に大きな悪影響を齎したということもないのです(それはほんとうに奇跡的なことなのです)。
すると、こう考えることもできます。
「11月23日には、私は死なない」
「この日なら、どんな怪我をしても生き残れる」
「この日に起きた災難は、何があっても乗り越えられる」
それは、もしかしたら「よい日」なのではないでしょうか。
明日がどんな日になるか、私にはわかりません。
11月23日にどういう出来事が起こるのか、私にはわかりません。
ともかく、私は今、生きています。